先日、会議に向かう途中、若い職員と車の中で雑談しました。
春に異動してきた、確かまだ4年目くらいの職員の男性職員です。
それまでは、通所施設で働いていて、今の「相談センター」へ異動し、ようやく2か月が経過したところです。今、先輩職員の指導の下で研修を続けているのですが、そろそろ本格的な相談業務も受け持つようです。
彼がボソッと不満めいた事を言いました。
「相談に乗ると、いろんなサービスや制度に精通していないとうまく対応できない。でも、それをすべて頭に入れるのはできなくて、正しい対応ができるか不安です。」
当たり前のことを彼は悩んでいました。
長い経験を持つ相談員は、長い経験の中で得た知識をベースに仕事をしています。でも、時々、古い知識のままで大きな失敗をする事があります。社会福祉士などの資格を持つからといって全ての福祉制度に精通しているわけでもありませんし、地域によって制度の運用もまちまちで、最新の情報を手にしておくことは誰にとっても重要な事でしょう。
私自身も、この1年、知らない事ばかりに日々でしたし、その都度、調べて対応するのが精一杯でした。しかし、事務所にある「紙ベース」の情報が古かったり、間違っていたりでかなり苦労しました。また、書いてあることと運用実態が異なることもしばしばでした。訊く人によって答えも違ったりしていました。
こういう世界で真面目に仕事をしようと思うと、随分、悩んでしまうと思います。
実際、今、彼は、所長からマンツーマンで時間を取って、いろんな制度や相談業務のノウハウを教わっていますが、横で見ていると、意欲的に取り組んでいるようには見えません。教わる方と教える方で、思考の違いが明らかに感じられます。書類を見せられて、口頭で説明され、「覚えなさい」と言われても、彼にはそのこと自体にどんな意味があるのか判らないように感じているのではないかと思うのです。
彼曰く。
「判らない事があった時、スマホでサクサクと検索できると良いんですけどね。」
そう、今の若い世代は、そういうところは長けています。ちょっとググってすぐ使う。いちいち覚える(記憶する)ことにどれほどの意味があるのかという思考なのです。
「分厚い書類を開いて丹念に調べる」のが当たり前の昭和世代には「そんなんで大丈夫」と言われそうですが、私みたいな、昭和なおっさんでも、仕事ではほとんどGoogleを頼りにしていますから、彼の言い分はよく判ります。
今の若い世代に重要なのは、情報量・知識量ではないんです。それはネットで調べれば手に入る時代だから、それ以上の「何か」に価値観を持っているように思います。
学校教育の現場でも変化は大きくなっているのではないでしょうか?昭和世代のような「覚えること」中心の教育から「考えること」中心の教育へ変化しているように思います。
考えることは、発想力です。今ある価値観や理論に縛られず、もっと新しく有効で未来志向な発想を身につける事が求められているのではないか・・彼との会話でいろんなことを考えてしまいました。
経験で得たスキルや知識は、なかなか次の世代には渡せないものです。また、その経験には偏りがあり、知識・情報もどんどん古くなっていくものです。常にアップデートを繰り返さないといけません。
おそらく、アップデートできなくなった時、「老害」と呼ばれるのではないか。
我が身を振り返り「老害」になりつつあるのではと反省です。
ちょうど今、私は、この事業所のWebサイトを作成しています。そのWebサイトは、事業所の紹介PRはもちろんのこと、基幹センター機能の一つである「協議会事務局」としてのハブ機能を高めるため、様々な情報のデータベースを構築しようと作業をしています。
できるだけ多くのデータ(知識・情報)を取り込み、可能な限り、アップデートし、彼のような若い世代が検索して現場で使えるような情報データベースを作ろうと思います。
私自身が「老害」と言われるようになる前に、出来上がったものを引き継げるよう頑張りたいと思います。